分子動力学シミュレーションからエントロピーを求める

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分子動力学シミュレーションってなに?

まずは分子動力学シミュレーションについて説明します。分子動力学シミュレーションではまず、空間(例えば100nm四方の立方体)を用意し、そこに粒子や分子を一定数(例えば1000個)配置します。その粒子や分子間にポテンシャルを与え、ニュートン力学$ma=F$に則って各粒子を動かすことで、その粒子系の静的構造や動的過程をシミュレーションする手法です。

このホームページでは下の条件(炭素Cとケイ素Siの1000粒子系)に対して分子動力学シミュレーションを行っています。

CSi
粒子数800200
質量1.01.0
分子動力学シミュレーション

分子動力学シミュレーションで得られたキャプチャ画像が上です。青いものが炭素Cで黄色のものがケイ素Siです。

粒子間のポテンシャルはレナードジョンポテンシャル(LJポテンシャル)の形を用いています($V=4\epsilon((\sigma/r)^6-(\sigma/r)^{12})$)。$r$は粒子間の距離です。各粒子間のポテンシャルパラメータ$epsilon$と$\sigma$は下の表の通りです。

C-CSi-SiC-Si、Si-C
$\epsilon$1.00.51.5
$\sigma$1.00.880.8

この粒子系に対し、体積と温度を次のように変化させた場合の内部エネルギー$U(T,V)$と圧力$P(T,V)$を求めました。

体積740~800まで1刻みで変化させる
温度1.17~1.23まで0.001刻みで変化させる

なお、内部エネルギー$U(T,V)$は$U(T,V)=\sum_i\frac{1}{2}m_iv_i^2+\sum_{i<j}V_{ij}$で求められ、圧力$P(T,V)$はビリアル定理から$P(T,V)=\frac{Nk_BT}{V}+\frac{1}{3V}<\sum_ir_i\cdot{F_i}>$で求めることができます。$<>$は平均値と考えてください。いずれも、分子動力学シミュレーションで得られる$v_i$や$F_i$などから計算することができます。

それでは、実際にさまざまな体積、温度で分子動力学シミュレーションを行いましたので、その結果からエントロピー$S(T,V)$を求めてみます。

MDから得られる生データ

分子動力学シミュレーションの結果から得られた内部エネルギー$U$と圧力$P$の 一部結果をまとめたものが下の表です。(圧力$P$は分子動力学シミュレーションで十分なサンプルをとることが難しく、下表で温度$T$上昇、体積$V$減少の際に圧力$P$が増加していない点が複数ありますが、ご了承願います。)

エネルギー$U(T,V)$体積$V$
800790780770760750740
温度$T$1.171358139114271466150515571611
1.181382141914441495153615861634
1.191403144014731512156216081658
1.201429146314971540158316351687
1.211454148615261568161216571711
1.221476151015501591163316801737
1.231500153115761617165617061764
圧力$P(T,V)$体積$V$
800790780770760750740
温度$T$1.171.4451.4911.4861.4881.5691.5361.564
1.181.4841.5041.5201.5131.5521.6051.515
1.191.4411.5131.5011.5641.5651.5591.618
1.201.5271.5241.5591.5541.5771.5651.606
1.211.5121.5461.5121.5611.5761.6361.65
1.221.5151.5641.5931.5801.6201.6311.663
1.231.5151.5171.5741.6181.6131.6671.641

$U(T,V)$が自然でないことを確認

ここからがこのページの本題です。まずは分子動力学シミュレーションの結果から$U=U(T,V)$が自然な変数の組になっていないことを確認しましょう。

分子動力学シミュレーションの結果から、様々な$T,V$におけるエネルギーが分かっています。これは$U=U(T,V)$が分かっているということを意味しています。
ただ、$U$の自然な変数は$U(S,V)$であると言われています。現に、いま得られている$U(T,V)$を温度$T$で微分した値$(2542.12542.1)$は熱力学的によくわからない値になっています(圧力$P$や体積$V$等の数値になっていない)。

エネルギーの温度依存性

つまり、$U(T,V)$は自然な変数になっていません。

MDの結果からエントロピー$S$を計算する

それではいよいよ、分子動力学シミュレーションから得られた結果から、エントロピー$S$を求めます。

熱力学第一法則$ΔU=TΔS−PΔV$を利用すると、エントロピー$S$の変化量は$ΔS=\frac{1}{T}ΔU+\frac{P}{T}$で得られます。この式にMDから得られている$U,T,P$を一つずつ代入し、$\Delta{S}$を求めます。


注意点として、エントロピーは$ΔS$の変化量しか計算できないため、どこかを熱力学的状態を基準として、他の熱力学状態でのエントロピーを計算する必要があります。そこで本ホームぺージでは$T=1.20,V=780$の時の$S$を$0$とします。

$\Delta{T}$変化時の$\Delta{S}$計算


それではまず、試しに$T=1.200→1.201$へ系が$V=780$を保ったまま等積昇温した時のエントロピー変化を考えましょう。分子動力学シミュレーションの結果から得られている$U$の 値は以下です。

温度$T$1.2001.201
体積$V$780
内部エネルギー$U$1497.61504.6
エントロピー$S$0?

この変化では、$ΔV=0$であることから、エントロピー変化$ΔS$は$ΔS=\frac{1}{T}ΔU+\frac{P}{T}ΔV=\frac{1}{T}ΔU$で計算できます。$ΔU=1504.6−1497.6=7.0$であるため、$ΔS=\frac{1}{T}ΔU=1/1.20×7.0=5.83$で、$S(T=1.2,V=780)$を$0$としていることから、$S(T=1.201,V=780)=5.83$となります。

温度$T$1.2001.201
体積$V$780
エントロピー$S$05.83

$\Delta{V}$変化時の$\Delta{S}$計算

次に、$V=780→781$へ系が$T=1.2$を保ったまま定温膨張した時のエントロピー変化を考えましょう。分子動力学シミュレーションの結果から得られている$U$の値は以下です。この時の$\Delta{S}$を求めましょう。

体積$T$780781
温度$T$1.20
圧力$P$1.5591.559
内部エネルギー$U$1497.61497.0
エントロピー$S$0?

エントロピー変化$ΔS$は $ΔS=\frac{1}{T}ΔU+\frac{P}{T}ΔV$で計算できます。$ΔU=1497.0−1497.6=−0.6$と$ΔV=781−780=1$であることと、圧力の平均値$P=1.559$を用いると$ΔS=\frac{1}{T}ΔU+\frac{P}{T}ΔV=0.799$とエントロピー変化を計算することができます。

体積$V$780781
温度$T$1.20
エントロピー$S$00.799

エントロピー$S(T,V)$まとめ

上の例では、$S(T=1.201,V=780)$と$S(T=1.20,V=781)$を計算できていることになります。

このように$ΔV$と$ΔT$の変化ごとの$ΔU,ΔV$を利用することで基準からの エントロピー変化量$ΔS$を計算することができます。
さらにどんどん計算を行い、$T:1.18~1.22$と$V:740~800$の領域でエントロピー変化を計算すると下記のようになります。(計算自体はEXCELなどでまとめてできるため、手間は多くありません。)

エントロピー$S(T,V)$体積$V$
800790780770760750740
温度$T$1.17−91.3−76.7−59.2−39.5−20.29.841.7
1.18−71.1−52.8−44.5−14.86.034.261.0
1.19−53.5−35.0−20.5−1.028.153.081.6
1.20−31.8−15.60.022.945.575.2105
1.21−10.33.024.046.269.294.0125
1.227.523.043.564.586.9113147
1.2327.140.264.985.7105134168

以上の計算からエントロピー$S$(特に$S(T,V)$)を得ることができます。
次のページではこの$S(T,V)$を利用して$U(T,V)$を$U(S,V)$へ書き換え、$U$に対しては$S,V$が自然な変数となっていることを確認します。

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